平成26年-平成30年 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「細胞競合」

細胞競合とは?

生態系を構成する多様な生物個体が、限られた生息域内で互いに生存を賭けて争い、その結果「競合による適者生存」が起こることは広く知られています。一方、生物個体を構成する細胞社会においても、異なる性質を持った細胞間で多彩な「競合」現象が生じることが近年の研究によって明らかになってきました。

まずショウジョウバエを用いたMorataらの研究によって、野生型上皮細胞とリボゾームタンパク質が変異した上皮細胞が共存すると、野生型細胞に隣接した変異細胞が細胞死によって組織から排除され、野生型細胞のみからなる個体が形成されることが見いだされました。一方、変異細胞のみからなる組織では細胞死は起こらず、見かけ上の異常を伴わない個体が形成されます。細胞競合(cell competition)と名付けられたこの現象は、適応度の高い細胞と低い細胞が共存した際、異なる細胞間の境界で生じる相互作用によって、適応度の高い細胞が「勝者」として生き残り、適応度の低い細胞が「敗者」となって組織から排除されるという未知の細胞社会制御機構の存在を示唆するものでした。

その後、井垣や他のショウジョウバエ研究グループによって、リボゾームタンパク質の変異だけではなく、Myc、Src、Scribbleなどのがん原性変異上皮細胞と野生型上皮細胞の間でも互いに生存を争う細胞競合現象が起こることが示されました。さらに倉永らは、ショウジョウバエの変態過程において、幼虫表皮細胞と成虫表皮細胞の境界で細胞競合が起こり、幼虫表皮細胞が細胞死によって組織から除かれ、成虫表皮細胞に置き換わっていくことを明らかにしました。また数年前までは、細胞競合は増殖速度の高い細胞が低い細胞を駆逐していく現象であると考えられていましたが、最近の研究によって、細胞増殖速度の差は競合の勝者と敗者を決定する絶対的なパラメーターではなく、細胞間の様々な相互作用が競合現象を制御していることがわかってきました。このように、ショウジョウバエにおいては細胞競合が関与する現象が多数報告されてきましたが、哺乳類細胞においても同様の競合現象が存在するかについては最近まで明らかになっていませんでした。

2009年に藤田は独自に確立した哺乳類培養細胞系を用いて、正常上皮細胞とがん原性変異細胞間で細胞競合現象が生じることを世界で初めて報告しました。また藤田と仁科らは、腸あるいは肝上皮細胞層にがん原性変異をモザイク状に誘導する細胞競合マウスモデルシステムを用いて、正常上皮細胞に隣接する変異細胞が細胞競合によって上皮細胞層から排除されることを示しました。これらの結果は、正常上皮細胞が保持する「免疫細胞を介さない抗腫瘍作用」という、生体恒常性維持における新たな分子メカニズムの存在を示唆しています。さらに2013年、マウス発生初期の胚盤葉上層における優良細胞の選別に細胞競合が関与していることが報告されました。また、ショウジョウバエ研究において観察されていた細胞死を伴う細胞競合に加えて、哺乳類においては細胞死非依存性の組織からの排除、細胞老化、細胞増殖抑制など多彩な細胞プロセスが細胞競合によって誘起されることが明らかになってきました。

このように、細胞競合研究は今まさに黎明期を迎えており、それとともに、細胞競合をより多彩なメカニズムを介する、より多様な生命現象を支える機構として捉え直す必要がでてきています。

細胞競合についてのより詳細な情報については、以下の著書、review articleを御参考下さい。
*「癌・発生を制御する細胞競合」(企画/井垣達吏)実験医学2011年6月号
* Cell competition: how to eliminate your neighbours. Amoyel M, Bach EA. (2013)Development, 141(5):988-1000 (細胞競合全般に関して)
* Interactions between normal and transformed epithelial cells: their contributions to tumourigenesis. Hogan, C., Kajita, M., Lawrenson, K., and Fujita, Y. (2011) Int J Biochem Cell Biol., 43(4):496-503. (特に哺乳類における細胞競合について)